Photo: Sachie Abiko

自分の「学び」しだいで、世界の見えかたは変わる|上田信行さんインタビュー

『セサミストリート』を初めて見たときにすっかりシビれてしまった上田信行さんは、それがきっかけで教育学に携わるようになりました。教育というとちょっと堅苦しく思ってしまいがちだけれど、じつは「学ぶ」という行為は、アクティブでパワフルで、なにしろとっても楽しいこと! 大学や自ら創設したアトリエでのワークショップなど、実践的研究をとおして、どうやったらこのうえなく真剣に楽しく「学び」を実践できるかを探求する上田さんに、上手に学ぶコツを、教えてもらいました。
 
教育って楽しい!?
──現在のお仕事をされるようになったのには、どんなきっかけがあったのでしょう?
学生時代、テレビ制作に携わる仕事がしたいと思いはじめていたときに出会ったのが、『セサミストリート』(アメリカで1969年に誕生した子ども向け教育番組。日本では1971年に放映がスタートした)でした。「ここに全部ある!」と思いましたね。つまり、憧れていたテレビだったし、興味のあったエンターテインメントだったわけです。
ところが、『セサミ』の目的っていうのは就学前の子どもの教育で、テレビで教育をしているんだという。「え? これが教育? 教育がこんなに楽しくていいの?」って衝撃を受けたんです。俄然、興味をもってしまって、思いきって渡米し、セサミを研究している大学院で学ぶことになりました。
40年くらい前の当時、外国に行くのは相当な覚悟がいることでした。タイプは打てないし英語もしゃべれないのに、急に大学院の授業でしょう、けっこう苦しみましたよ。だけど、気持ちはアメリカに憧れた幕末の若者のようで、たんに勉強にいっていたというよりは、帰国して日本を変えるんだというような、大それたことを考えていましたね。アメリカと日本では、教育メディアの世界は二十年くらいの時差があったんじゃないかな。『セサミ』も、その後登場したコンピュータも、いわば黒船だったんですね。僕らは教育の開国を迫られているような、そんなおもしろさがありました。
そんなわけで、たまたま『セサミ』が教育学の分野で研究されていたから、いま僕は教育学を専門にしているのですけど。もともと教育学に携わりたかったわけでなく「『セサミ』ってどうやってつくってるの?」「学びとエンターテインメントはどう結びつくの?」というシンプルな疑問をもったのが、いまの活動につながっているんです。人が集まって新しいものを生みだすための組織だとか、新しいメディアが大きく世界を変えていくダイナミックなできごとに興味があったのです。
 
学びってなんだろう
── 一般的に学びというと「まじめなお勉強」と思ってしまいますが、上田さんが言う学びとは、具体的にどんなことなのですか?
学びというのはこれまで、個人的な学習を意味していました。もちろん、ひとりでしっかりと学ぶことは大切なことですが、本来、学びというのは自立共生的な社会的営みなんです。わかりやすく言うと、メンバーがそれぞれきちんとソロで活躍しながらも、集まるとよりパワフルに独自の活動ができるジャニーズのSMAPみたいなものですね。
学びというと、知識をたくさん頭に貯めこむ、つまりインプットというイメージがあると思います。だから日本の教育のしんどかったところは、銀行の預金のように、たくさん知識を貯蓄して、どれだけもっているかを先生がチェックする、というしくみ。非常に恐いことに、知識をたくさんもっている人が人格も含めて偉い人、という価値観があったんですね。
でも本当はそうではない。僕は、学びとはアウトプットだと感じているんです。たとえばいま僕はこうやって話をしていますけれど、その行為をとおして自身が学んでいます。自分のことばで他者に気持ちを伝えるというアウトプットこそが、学びのいちばん大切な部分ではないでしょうか。そしてアウトプットした後に、その経験を自分と対話しながら省察して理解するという行為があればこそ、自分の学びになるのだと思います。
自分で学びをデザインし、自分でアウトプットしていく、そういう力を子どもが身につけることが、学校教育の非常に大事な要素だと思います。だって、社会人になると、みんなそうやっていかなきゃいけないですよね? そのときのためにも、力を備えておくのは必要でしょう。
こうした「知識は受動的に伝達されるのではなく、学び手によって構成される」という考えかたを、心理学や教育学の世界ではコンストラクティビズム(構成主義)と呼んでいます。知っている人から知らない人に流れるこれまでの伝達型教育に対して、学び手自ら知識を構成していくこと。これは、人間は知的好奇心が高くて能動的な存在だという前提があっての話です。人間は、なにかものをつくることをとおして学んでいくものです。新しい知識を得るための過程の作業がなければ、認識もできません。だから、アクティビティが大切になってくるんですね。
そのアクティビティを起こすときにも関連してくることですが、能力というのは頭のなかにあるのではなく、状況のなかにあるものなんです。今日も、僕はインタビュアーやカメラマンの人と一緒だからパフォーマンスができるのであって、文脈を外してどこかに閉じこめられて「知ってることを言いなさい」と言われたって、そんなことはできません。ほかの人と協力しあってこそ、このインタビューが実現するのです。 僕はこれを「憧れの最近接領域」と呼んでいます。ひとりでは到達できないことでも、人との相互作用で実現できるってこと。人と協力しあえば、憧れの領域に限りなく近づけるんです。そのときにできあがるのはプロダクトだけではなくて、到達するまでの経験にこそ、ものすごい学びがつまっているんです。だから個人の能力は、それが発揮できるまわりの環境と非常に関連があるんですね。
 
学びで世界を変えていく
──他人や環境のなかに自分の能力も含まれると考えるだけで、すごく前向きになれますね。いろいろ挑戦してみたくなるでしょうし。
教育はこれから、おもしろくなるんじゃないでしょうか。僕はプロが子どもの学びのための素材(教材)をつくる時代から、子ども自身が仲間と協働して知識を創造する時代がいつか絶対に来ると思ってたんですよ。コンピュータやデジカメが登場し、ケータイでなんでもできるようになって、いまやっと、それが実現するようになりました。数年後にはさらに進歩しているかもしれない。そうなると、メディアリテラシーがもっと発展して、学びの可能性はますます広がっていきます。
そういう時代に育っていく子どもっていうのは、人間をどういう存在として見るかというのがより重要になってくると思うんです。人間っていうのはすごくポテンシャルが高くて、とんでもないいろんな発明をしていくものだと捉えたら、世の中や人々はどんどんよくなっていくと思います。
そんなとき、いま一度、教育ってなんだろうってことを親御さん自身が考えることがすごく大事なのではないでしょうか。でも、その答えはどこにもなくて、自分の経験を振り返ってみることが大切になってきます。ひとりでなんでもやりなさいではなく、誤解を恐れずに言えば、もっと他人を頼って、他人と一緒にやればいい。能力はここだけにあるのではなくて、分散されているからこそ、親と子がコミュニケーションすることが大事だし、一緒に考えることが大事になってくる。ひとりきりで悩んだり、道具もなにも使わないのではなく、まわりの頼れるものを駆使して、自分の思いを遂げていく。教育はそういうふうにあるべきですしね。
いま、なぜみんながこんなに学校を嫌がっているかというと、やはりすべては強制されているということがあります。本当は行きたい場所であるべきなんですね。学びって、すごく希望があることのはず。いまはとくに閉塞的な時代で、希望を感じられない時代だからこそ、教育で夢が語れなくなったら、もう語るところはないですよね。
だからいまいちばん必要なのは、すごくベタなことばかもしれないけど、希望や憧れに向かって進んでいくということじゃないかな。これからの教育は、文科省がすべて提供してくれるものではなくて、自分たちでつくりあげていかなければなりません。親が子どもをしつけていくというより、親子でともに育っていくというイメージ。僕は「学習環境デザイン」というテーマで研究していますけれど、時代は次に「ファミリー環境デザイン」といったところへ行くのではないでしょうか。
僕は、子どもたちをもっと挑発してもいいと思うんです。引きだすだけではなくて、いい刺激を与えていく。こんなおいしいものがあるよ、一回食べてごらんって挑発する。私たちはそうやっていろんな刺激を受けてきたのですよね。だけどそのときには、人が自分のためにやってくれるんだというマインドの方向性ではなく、自分からアクティブに獲得していくものであるべきです。自らそこに参加していく。動くことによって、世界の見えかたが全然変わってくるから。
これは、動くことによって世界を変えることができるっていう大事なメッセージになります。リテラシー(識字)教育の大切さが叫ばれたとき、文字が読めるということは世界を読む(知る)ことだけれども、文字を書ければ世界を変えられるんだってことが言われました。つまり、いろんな本を読んで世界は広がりますね。でも自分が書いて表現できれば、世界を変えることができますよね。まさに、そういうふうに社会に貢献していくことこそが学びなんですね。
 
上田信行 うえだ・のぶゆき
1950年、奈良県生まれ。同志社女子大学現代社会学部現代こども学科教授、ネオミュージアム館長。同志社大学卒業後、『セサミストリート』に触発され、セントラルミシガン大学大学院、ハーバード大学教育大学院で学ぶ。帰国後は『おかあさんといっしょ』(NHKの教育番組)制作に関わるなどした後、現在は教育工学を専門とし、「学習環境デザイン」をテーマに活動中。とくに、自らの研究を実践する「ネオミュージアム」を設立、人と人とが出会い、コミュニケーションをとおして生まれる学びの場として数々のワークショップを開催している。
 
このインタビューは、『mammoth』 No.20(2010年)に掲載されています。 取材・文:野村美丘 写真:安彦幸枝