Photo: Machiko Fukuda

子どもが教えてくれた、ポジティブなエネルギー|アン・サリーさんインタビュー

2001年のデビュー以来、そのやさしくあたたかい歌声と、透明感のある独特な存在感で数多くの音楽ファンを魅了してきたアン・サリーさん。歌手としての側面に加え、お医者さんというプロフェッショナルな職業も続けられ、おまけにふたりのお子さんのママでもあるという彼女。しかしながらギスギスしたところのない、あのたおやかなムードは、いったいどこからかもし出されるのでしょう?

NHK『みんなのうた』で紹介された「のびろのびろだいすきな木」という曲が大きな反響を呼びました。作詞は知的障害を持つ19歳の青年。詩とアートを組み合わせた展覧会「NHKハート展」に寄せられた6316編の詩から選ばれたものです。

みんなみんながすき
ひとりひとりがいきをしているから
おうきなおうきな木
そらにむかっていきをしているよ
(『のびろのびろだいすきな木』)

この、シンプルなのにハッと胸を打つ歌詞をやさしくたおやかに歌い上げているのが、アン・サリーさん。ミュージシャン、内科医、妻、そして三歳と一歳の女の子のお母さんという、4つの顔の持ち主でもあります。アンさんの母性あふれる歌声を聴いた時、この「おうきな木」同様、ありのままの自分を肯定してもらえたかのような、穏やかな気持ちに包まれたことが印象に残りました。「多くの顔を持つ」ということは、決して「多忙な生活」とイコールではないのでは?……ふとそんな疑問もわいてきて、音楽のことや子育てのこと、アンさんの日々の暮らしについて知りたくて、お話を伺いに行ってきました。

 
押しつけるのではなく、一歩引いて受け入れるというスタンスを持つようにしています

「じつはさっきまで診療をやっていまして……。今日は患者さんの数がとても多くて、遅くなって申し訳ありません」
── いえいえ。こちらこそ、お忙しいところありがとうございます。でも医療の仕事と子育て、ましてや音楽活動もされていて、すべてをこなすのは大変ではないですか?
「医者の仕事に関しては、子どもを持つ以前は、当直して真夜中も呼ばれて……というような働き方をしていたんです。でも出産を機に、診療もかなり時間を短縮して、勤め方のスタイルを変えさせてもらいました。いずれまた以前のようにがんばりますので、子育て中はよろしくお願いします、ということで……」

── 24時間態勢の勤務で臨むのは、やはり子育て中は難しいですよね。
「そうですね。あと、あまりに子どもとの時間が減ってしまうと、原因不明の体調不良になったり、こころの問題がからだに表れてしまうことがあるように思うんです。なのでお母さんと子どもが長時間離れすぎずにいることは、すごく大事だなと感じますね。今はできるだけ子どもとの距離を近く、一緒にいる時間を長く、ということを心がけています」

── こころとからだは連動しているということですね。気持ちが落ちていると免疫が下がるというのは、大人も同じかもしれません。
「本当に、それはすごく大切なことかなと。一日に一度も声を出して笑うことがない日々を送っていると、免疫が落ちて病気になりやすくなると思いますね。だからできるだけ子どもと一緒におなかを抱えて笑うことを見つけて、家ではよく笑わせあったりしています。今は社会的に景気が悪いせいもあるのか、患者さんの中にも笑顔がなくなりがちな方が多いんです。でも少しでもからだがラクになれば、笑顔も出やすくなるかもしれない。医者として、そういうお手伝いができたらいいなと思いながら日々患者さんと接しています」

── それは励ますというか、なるべく明るい話をしてさしあげたりということですか?
「いえ、あまりこちらの話はしません。何か話したいことがある人は、私が何も言わなくても、“ありがとうございます”って帰っていかれます。きっと、何も言わずにただ聞いてくれる人がほしいのもしれませんね。食生活など、病気に関する指導はしても、精神的なことはヘタにああした方がいい、こうした方がいいとは言わないで、話を聞くというスタンスを持つようにしています。押しつけるのではなく、一歩引いて受け入れるというか」

 
子どもが生まれたとたん、自分の成長よりも、人を成長させることの方に意識がシフトして

── お母さんになられたことで、ご自身の音楽については何か変化はありましたか?
「妊娠中から出産直後にかけて、じつはあまり声が出ない時期があったんですよ。妊娠後期は早産の危険性があるから大きな声は出せないし、出産後も腹筋が弱ってしまったんですね。でも産後一年くらいして、ようやく声の状態が戻ってきて。ふと、以前とは力の入れ具合が変わっていることに気づいたんです」

── それは歌う時の発声?
「そうですね。ライブやレコーディングとか、以前は緊張する場ではからだが固くなって、ヘンに力が入ってしまっていたんです。でも声の調子が戻ってからは、力をうわーっと入れるのではなくて、いかに抜いていくかという方向にエネルギーを使うように変わった。力の抜き加減がうまくできた時は、すごくいい歌になるんですよ。子どもを持ったことで、そういうバランスがよりわかるようになったんだと思います」

── それはすごいことですね。世のお母さんの多くは、子どもを持ったことで逆に力が入ってしまって、ついがんばりすぎる傾向があるような気がするのですが。
「子どもを持つ以前は、音楽は自分のためにやっている部分が大きかったんです。医者として日々忙しく働いていると、ストレスも多い。そういうことを全部持ち帰っていたので、家で一人、自分をなぐさめるために音楽を聴いたり歌ったり…。でも今は自分のためというよりも、子どもとか、歌を聴きに来て下さった方とか、自分以外の人に向けて歌いたい気持ちが強まっているのを感じます。子どもを持ったことで、昔のように自分を慰める要素も少なくなったのか、自分の芯もだいぶ強くなってきて。そこで生まれたいいエネルギーを、今度は自分のためではなく、外に向けて使いたくなってきたんだと思いますね」

── お子さんの存在で満たされたということでしょうか。
「そうですね。子どもを産むまでは、自分を成長させるためにエネルギーを使ってきた。ところが子どもが生まれたとたん、自分の成長よりも、人を成長させることの方に意識がシフトして。それって、すごくポジティブなエネルギーが生まれやすいということに気づいたんです。以前は自分のための時間はいっぱいあったのに、なぜか心の中のもやもやは払拭されなかった。喉は渇いているのに、水を飲んでも飲んでも満たされないみたいな…。結局、そういうエネルギーの使い方はあまりいい方向には向かないということもよくわかりました」

── アンさんの場合、医療の仕事と音楽と、二本の柱があったからこそ、子どもが生まれたことで「がんばりすぎない」ことの大切さに気づけたのかもしれませんね。
「本当にそうですね。歌う時もそうですし、患者さんの診察の時も同様に、一歩引くエネルギーの使い方になりましたね。うわーって向かって行くのではなくて。それを子育ての現場にも生かせると、よりよい子育てができそうなんですけど…。やっぱりそこまではなかなか、まだ修行が足りないです(笑)」

 
聴いて下さる方々の心の情景に引っかかるような音楽を作っていけたらいいなと思います

── お子さんと一緒の時は、どんな風に過ごされているんですか?
「仕事が終わって子どもを夜寝かせるまでは、一緒の時間をフルに楽しんでいます。家の中に“ダンスフロア”って名付けている広めのスペースがあるんですが、そこで音楽をかけて、やみくもに踊りまくったり(笑)。子どもも、誰が教えたわけじゃないのに踊るんですよね。それがじつに独創的でおもしろくて! 既成概念にとらわれない踊り方に、逆にこっちが刺激を受けるほどなんです。アホ踊りとか、人にはちょっと見せられないんですけど、そんな濃い遊びを結構やってますね(笑)」

── お子さんも音楽が好きなんですね。
「そう、それがすごくうれしくって。渡辺はま子さんという昔の唱歌歌手の曲とか、私がそういう今ではマイナーな曲が好きなので、大根なんかを切りながら歌ってるんですけど。すると後ろで子どもが一緒に歌ってたりするんですよ(笑)。なんで三歳の子がそんな曲を? って、きっと七十歳くらいの方が聞いたら驚かれるでしょうね。歌詞の内容はまだわからないんでしょうけど、成長するにつれていつかわかってきたらいいなって」

── なかなか渋いお子さんですね(笑)。音楽を通じて、お子さんに伝えたいことは何かありますか?
「今は私と一緒にいることを喜んでくれる時期ですけど、いずれ反抗期とか、親離れする時が来ますよね。でもそういう時も音楽だけは変わらずに流れている。何か親には相談できない問題が起こった時、音楽がかわりに解決してくれたらいいなと思いますね。進むべき道を誤りそうになった時も、その曲の持つメッセージに気づいてくれたら。それは今私が曲を作っている理由のひとつでもあるんです」

── ご自身の音楽が、お子さんにとっても「還る場所」になる。それはとても素敵なことですよね。
「音楽は私にとって、生きている証拠でもあるので。いつの日か子どもがその曲を聞いた時、親が何を考えていたのかわかるものを残したい気持ちはありますね。でもプライベートな部分だけでは音楽としては物足りないですから、聴いて下さる方々の心の情景に引っかかるようなところもある、そういう音楽を作っていけたらいいなと思いますね」

── アンさんのそんな想いを感じながら聴く曲は、ますます心に沁み入りそうで楽しみです! 最後に、今後のライフスタイルのビジョンについてお聞かせ下さい。
「プライベートでは、山の方に引っ越しをするので、今からワクワクしています。都会で子育てしているとどうしても、そっちに行っちゃダメ! とか、ストップをかけることが多くて、それがすごくストレスだったんです。だからできるだけ自然や緑が多いところに移ろうと。子ども達があちこち走り回っていても、だまってそれを見ていられる環境がいいなと思って。ずっと探してようやく見つけた新居は、ちょっと歩くとすぐ登山道に当たるようなところなんです。そこで、原始人みたいに暮らす予定(笑)」

── じゃあ、物件探しも実際に足を運んで? 大変だったのでは?
「ここだ、という目処が立ってからは何度も足を運びました。でも、はじめは航空地図を見ながら探したんですよ。関東平野って全然緑がないじゃないですか。でも端の方に行くに従ってグレーの部分が緑に変わってきて、そこからうわーっと緑が広がり始めるんです。なので、その広がり始めるポイントに住もう! と思って」

── そういう探し方をする人は少数派かも(笑)。
「そうですよね。宇宙の方から地球を眺めるという、夫とはそういう一風わった価値観も共有できる関係なんですよ(笑)」

── プリミティブな環境で、きっと素敵な音楽が降りてきそうですね。
「はい。自然あふれる場所で暮らすので、いい時期がきたら、きっと曲が流れ始めると思います。これからも何かにせきたてられるのではなくて、純粋に音楽を追求していきたいと思いますね。そういう活動ができるのも、私の場合は医者という仕事があるからこそ。これからも本当に大切なことを見失わないように、生きることを早まらないように、医学も子育ても力を入れるべきところは入れて、抜くところは抜いて。そういうバランスのいい人生を、今後もさらに推し進めていくことが目標ですね」

 
アン・サリー
幼少時からピアノを習い音楽に親しむ。大学時代よりバンドで演奏し、卒業後も医師として働きながらライブを重ねる。 2001年『Voyage』でアルバムデビュー。2003年『Day Dream』『moon dance』では、洋の東西を問わない新旧良歌を独自に消化した歌唱が好評を博しロングセラーに。2005年発表の『Brand-New Orleans』では医学研究のため暮らしていたニューオーリンズで地元ミュージシャンとのセッションの模様を収録し、話題を呼んだ。帰国後は医師としての勤務のかたわら日本全国でライブ活動を行い、2児の母となった2007年には『kokorouta』を、2008年11月には、書き下ろしオリジナル曲「時間旅行」(マキシCD)を発表。時代やジャンルの枠をも飛び越えた独自の歌唱とそのライフスタイルは幅広い層に支持されている。

 
このインタビューは、『mammoth』 No.18(2009年)に収録されています。 取材・文:井尾淳子 写真:福田真知子

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